五月だってのに暑い。 朝飯は寝坊して食い損なったが、昼飯を作るのも面倒で、そうめんにした。湯を沸かして放り込むだけでいいし、薬味にはねぎでもあれば十分だ。これ以上なく手を抜いた昼飯だが、腹を満たすには十分だし、何よりこんな暑い日はそうめんにかぎる。美味いしな。 暑さに耐えて茹であげて、やっとつるっと美味そうに仕上げたそれは、一口も食べないうちにザルの中でのびきっている。 さあ食べるかって時になって、最近隣に引っ越してきた女が、助けを求めてきたからだ。 「ごめんなさぁい。テレビがね。つかないの!どうしたらいいかわからなくって…」 上目遣いの瞳の上を、ごってりとしたまつげが幾度も上下している。 分かりやすすぎるというか、アカデミーからやり直しなさいといってやりたくなるほど下手な媚の売り方だ。俺がアカデミー生の変化で鼻血を吹いたってのは、随分有名になっているらしい。この程度の男なら、これで落とせると踏んでるんだろう。それも目的は俺じゃない。まあ当然だな。こうして女を武器にして男を手に入れようとするようなくノ一が狙うのは、とびっきりの上物と話は決まっている。 この手の女性は苦手だ。助けてくれといわずに察する事を求められても、快く動いてやりたいとは思わない。 …とは言え彼女は隣人だ。超してきたばかりで、恐らくは目的を達成したらまたさっさとここから出て行くだろうが、ある程度の関係を保つ必要はある。それがいくら面倒でも。 女性の家に上がりこむのは気が引けるが、俺のことなんか歯牙にも引っ掛けちゃいないだろうし、そもそも俺自身が興味を持てない相手だ。テレビの電源が入らない事を確認し、ついでに周辺の家電も電源が落ちていることを確かめ、すぐに分電板の中身を確認した。案の定ブレーカーが落ちている。…どこまでも稚拙な手を使うもんだなとある意味関心してしまった。 「ありがとうございます!よかったぁ!ホントに困ってたんですよね!」 大げさな感謝の言葉も耳を素通りした。本当に感謝してるなら、わざわざブレーカーを自分で落として、飯時の俺を誘い出すことはないだろうに。 せめて後5分あとだった、茹で立ての美味いそうめんが食えたはずだ。 「よかったですね。じゃあ俺はこれで」 うんざりした顔をしないように心がけつつ、さっさと部屋を出て行こうとしたが、胸を押し付けるようにしがみ付いてきたせいで果たせなかった。 「ねぇ。この間はたけ上忍と一緒でしたよね?遊びにきちゃうくらい仲がいいんですね!」 ああ早速か。何かを期待する視線にため息をついた。 そうだよ。仲はいい。…一回寝ちまった事があるくらいにはな。 あれは酒の勢いというよりも、その場の雰囲気というか。 それこそ、ここの隣の…俺の部屋の寝室で、朝までヤることだけヤって過ごした。 だがあんなことをしたのはそれっきりだ。 俺の家に来ることは止めないが、触れてきたことは一度もない。弾みで寝ちまっただけでどうしていいか分からずにいた俺にとっては、それがありがたかった。 ぎくしゃくしたのは数日だけで、朝になって普通に俺に飯を作って出かけていって、その日も飲みましょうよなんていって一升瓶もって遊びに来て、一緒に飲んで、雑魚寝だ。 いつも通りの、あまりにもいつも通りの行動に、なによりも安堵した。 何も言わない。ただ共に過ごす友人にしてはやや距離の近すぎる人に対して、あんな事があった後も、居心地が良すぎてそれを手放す勇気も持てないでいる。 こうしてわずらわしい事が増えたとしても。 「あの、あの、紹介してくれませんか?わたしってほら、ちょっとぬけてるところがあるから、ああいうしっかりした人と相性がいいと思うんですよね?イルカ先生のお知り合いならきっとイルカ先生みたいに頼りになるでしょう?」 厚かましいというか逞しいというか、ある意味感動すら覚える。 そうだな。あの人は実は結構抜けたところがある。 俺のベストを間違って着て任務に出ようとしたり、風呂場から出るときに俺と鉢合わせして頭をぶつけたり、くつろいでいるときは結構な緩みぶりだ。 そこもなんていうか、いい年した男にいうにはなんだが、かわいいんだよな。 それに意外と人懐っこくて任務から帰ってきて魚が食いたいっていうから焼いて用意しておいたら、大喜びで食った後ずーっとにへにへ笑ってたり、眠くなるとぐずって一緒じゃないと寝ないって言い出したり。 あんなことをする前からずーっとだ。だから無意識にあの人がずっと側にいてくれると思い込んでしまいかけていた。 そうだよなぁ。あの人もきっと、誰かをみつけて結婚とかするんだろう。引く手数多でこういうわずらわしい女も沢山混じってはいるんだろうが、中には綺麗で気立ての良い女性もいるだろう。そういう女性と所帯を持って、きっと幸せな家庭を築くに違いない。 俺は、どうだろう?嫁さんが欲しいと思ったこともあったけど、あの人がいるからそれで寂しくもないし、どうでもいいようなことすら幸せで満たされて、いつの間にかそういうことを考えなくなっていた。 いつかいなくなってしまうかもしれない相手に依存しすぎている。 …冷や水を浴びせかけられた気がした。 「ねぇ。駄目ですか?ほら、私料理も結構得意だし!」 料理はあの人も得意だよ。俺みたいに休みの日になると麺類ばっかり食ってるヤツと違って、和食ならプロ並だ。 俺は逆にナルトが食いたがるから覚えた子供向けのハンバーグとかスパゲッティとかカレーとかを作れるようになってたから、お互い味見しあってレシピ考えたりして、それも中々楽しいし、お互いこだわるところが違ってるから、多方面から丹念に考え抜かれたレシピはとびっきりこだわったものになって、出来上がったモノはそりゃもう驚くほど美味いし、ナルトも喜ぶし言うことなしだ。 この女じゃだめだろうな。あの人は癒されたい人だ。俺の側にいると楽だと言って、すっかり緩みきった顔でくつろいでいるのを見るのが好きだ。欲しがってばかりのこんな相手じゃ、きっと疲れきってしまう。こんな人よりもっと優しくて、包容力があって…。 胸が痛い。あの人はそうやっていつか誰かを選ぶんだ。俺以外の誰かを。 ああそうか。これは嫉妬か。そんなことにも気付けないほど俺はあの人に夢中だったのか。 「イルカ先生?」 「ああ、すみません。なべを火にかけっぱなしだったのを思い出しちまって!失礼します」 わざとらしい演技も、俺なら様になるといっていたのはどの同僚だったか。 憮然とした表情で俺を見送る女には目もくれず、いそいそと部屋に飛び込んだ。鍵を閉めて、卓袱台の上でのびきってぶよぶよした塊に成り果てたそうめんがのさばっていて、俺の昼飯はこの上なく残念なモノになることは確定していた。 それから、俺の一生も。どうしてあんな男に惚れたんだ。そもそも雄に欲情するような性癖は持ち合わせていないはずなのに。 ひとしきり落ち込んで、伸びきった麺に乱暴にめんつゆをかけまわしてほぐした。薬味もつけずに一気に口に放り込んで、むせて、それから少しだけ泣いた。 麺が喉に詰まったせいだなんて下らない言い訳をして。 階段を上がる音がした。あの男は普段気配を消しているくせに、俺の家にくるときだけは軽やかに一発で誰だかわかるような足音を立ててやってくる。 「ただいまー」 勝手に玄関を開けると同時に俺に抱きついてきた。人懐っこい男の普段通りの行動だ。だがベストを脱いでいたのがまずかった。伝わってくる体温のせいで、普段意識していなかった行為に頭より先に体が反応した。 一瞬だけ鼓動が早くなったが、すぐに意識して正常に戻した。 自覚した途端これか。子供みたいだと思えていた頃のほうがまだマシだったな。 「はいはい。おかえりなさい。飯できてますよ」 「うん」 頬を摺り寄せてから、手を洗いに行くのはいつものことで、それは俺が教えたからで。…だから騙しとおせてはいたはずだ。 意識しなければ押さえ込めないほど反応するなんざ、我ながら単純すぎるだろう? もうあの人が家にいる以上、落ち込むこともできない。 機械のように飯をよそって、茶を飲んで、顔を見るのも怖くて淡々と飯を片付けた。 今日は任務帰りで腹をすかせているだろうこの人の好みに合わせて、魚と酒も用意してある。味噌汁はちょっとしょっぱいが、魚はモノが新鮮だからどう作ったって美味い。 二人でこうやって飯を食う。それを当たり前にしちゃ駄目だったんだ。 「ねぇ。なにがあったの?」 笑顔のままで男がなんでもないように聞いてきた。 「え?」 何がなんて。隣の女がアンタを欲しがってて何度も声を掛けてくるとか、色仕掛けに辟易してるのはあの女だけじゃなくて受付でもどこででもだとか、居酒屋でアンタが便所に行ってる間に、俺がどれだけの女に声を掛けられるか考えたことなんてないだろうなんてことまで頭を過ぎった。 言えるわけがない。言ったところでどうしようもない。一番肝心の言葉さえも禁忌だ。 だってそうだろう。考えても見ろ。男に男が惚れたなんていわれて、喜ぶ馬鹿がどこにいる? 「だってねぇ。今日帰ってきたときからずっと変な顔してる」 「なんですかそりゃ。失礼な。俺は元々こういう顔です」 ごまかしきれていなかったらしい。それもそうか。この人は上のつく忍の中でも飛びっきり上にいる。女あしらいも上手い。きっと隣の女を紹介したって、手も出さないし綺麗に振ってみせるだろう。 だから、いつかあの女じゃない誰かが、この人の隣に座るだけだ。あーくそ。せめて幸せくらい祈らせてくれ。上っ面だけでいいから。 俺の動揺に気付かなかったふりをして欲しかった。 「はいうそー」 にやにやしながら頬をぷにぷにと弄り回されて、とっさに振り払った。 「なにすんですか。ふざけるならごはん片付けちゃいますよ?」 飯時にふざけたことも注意したいが…これでちょうどいい言い訳ができた。誤魔化してしまおう。 「えー?それは駄目。一緒に食べてよ」 「…食べてるでしょうが」 早速乗ってきたと思ったのに、また突拍子もないことを言う。 一緒に食ってるだろうが。良く考えれば週の半分以上は一緒だ。飯も、それから飲んだくれた日の朝飯も、昼飯だって予定が合えば一緒に食ってる。 そうだ。これで俺に目をつけない訳がない。自分が狙っている相手と、だれよりも一緒にいるんだもんな。 気付いていなかった自分が恐ろしい。 「うそ。ちゃんと俺を見て?」 「あー…その、すみませんでした」 そうか。そういう意味か。…俺が言ったんだ。これも。 上の空ってのはいただけませんってな。 言いたくなきゃ言わなくていいと言ったのに、任務であったことを吐き出すように語り、それから甘えてくるイキモノに言い聞かせた。 食ったらちゃんと話をしろと言ったのも俺だ。つくづく頭のいい男だ。俺の言った事を一言一句違わずに覚えてるんじゃないかとすら思える。 「ん。ま、後でね?」 都合の悪い事が後回しになるのは、性格的に好きじゃない。一気にさっさと片付けたい方だ。…とはいえ、追求が止まったことに関してはホッとしている。結局もそもそ食っていた飯も、男の手土産の葉唐辛子はそうめんや酒に合いそうだとか、関係ない事を考えているうちに食事が終わっていた。 …逃げ場はもうない。 「さてと、お誕生日おめでとうございます」 「え?あ、そういや今日でしたか?どうも」 本人ですらすっかり忘れていたものを良くぞ覚えていたもんだ。そういや今日休みを取ったのも、一緒に飯食うって約束をこの人として、帰ってきたらすぐに貰って欲しいものがあるって言われたからだもんな。 俺は散々渋ったんだ。この時期はどこの部署も忙しい。アカデミーでも運動会の練習もあるし、受付は田植えだなんだと依頼が増えて下忍まで借り出される始末だ。こんなときに休むのはと思ったが、この男の押し切られかけているときに愚痴ったら、何故か同僚たちにまで休みを取るのを勧められたんだった。そうか。その理由がこれか。 「うん。ほら、誰にも邪魔されたくなかったから」 何にも悪いことしてませんって顔でニコニコ笑いやがって。知っててやってやがったな?この男は。とっくに成人した男の誕生日だなんて…そんなどうでもいい理由で職場に迷惑かけることはないだろうに。祝ってもらえるのは嬉しいんだけどな。この男はやりすぎるんだ。 「食器片付けちゃいますね?あとは、はいこれ」 食器は絶妙なバランスで重ねられ、二人分を一度に運んでしまうつもりらしい。ひっくりかえしそうなのに、チャクラでも使っているのか涼しい顔で台所に持っていってしまった。小さな箱を置いて。 誕生日プレゼントだろう。多分。飲み友相手にこんなことしてきやがるコイツが悪いんじゃないだろうか。 …まあ、でも甘えまくってる俺が一番駄目だよな。 なにやってんだろう。俺は。この年まで中忍やってきて、今更アカデミー生の初恋みたいな戸惑いを処理できないままでいる。相手の格とか、性別とか、当たり前であっていいはずのものが見えなくなっていた事が恐ろしい。 「開けていーよ?」 「あ、いえ。はい」 洗い物をしていた当の送り主からふいに声をかけられて、慌てて箱を開けた。もらったもんをそのままって訳にはいかないもんな。 箱の中には更に箱が入っていた。ビロード張りで貴金属を入れるような…見覚えのあるというか…とてつもなく嫌な予感がする。 だがもう受け取ってしまった。中を見ないなんてことはできないし、そのまま置いておくのも…中身に怯える生活なんかしたくないしな。意を決してふたを開けた。 「なんですかこれ」 「指輪。お揃い」 「それは見ればわかりますが。なんでこんなものを」 「え?だって誕生日だし」 「そ、れはそうですが?」 あまりに堂々としているから、色々言ってやりたいことがあったのにとっさに言い出せなかった。誕生日に同性に揃いの指輪を贈る男は一般的じゃないと思う。方々でこんなことしてるんじゃないだろうな?そういえば同性に友人では教え子に激眉先生なんて呼び方されてる人がいるが…。あの人ともこんなことしてるんだろうか。 「ん。サイズはぴったりですね」 余計な想像で震えている間に、銀色の輪が指に収まっていた。サイズはたしかにちょうどいい。 「いやいやいや。なにしてんですかアンタは」 「ああ、そーね。プロポーズです」 いい笑顔ですねと言ってやりたいような晴れやかな表情だ。 だがその冗談はいただけない。聞きたくもない。 「は?」 聞き返したという意識もなかった。なに言ってんだこいつってのだけが頭にあって、怒ることもできない。 「や、だってほら、すっごく困ったって顔してるから、ちょっとだけ猶予あげようかなーって。既成事実もできたから責任とるには形も大事だし、それ作るのに時間掛かると思ったし」 「え?」 「ってことで。いいですか?」 なにがだ? そう聞く前に寝室に転がされていた。術でも使ったんじゃないかと思う素早さだ。 無様に受身も取れずにベッドに押し付けられて、追い立てるようにキスが降って来る。 あの夜もそういえばこんな感じだったか?二人で飲んでいて、それから寝るかって時に寝室に客布団を敷こうとして、ベッドに転がされて…。 まてまてそうじゃねぇ。そうじゃなくて、あの時はあの時として、どうして今またこんなことになってるんだ。 「いやちょっとまてなにしてんだアンタ!」 「セックス?」 「だから笑顔でいうな!恥らえ!」 「恥かしがってるイルカ先生って最高にイイですよね」 「…真顔でいうことなんですか。それは」 文句にも説教にも、相手の態度ってもんは重要だ。こんなんじゃなに言っても意味がない気がする。 当たり前みたいにしてキスしてきやがって。 「真顔にもなるでしょうよ。隣の女とどういう関係?」 「は?」 「アンタに誰も近づけさせないつもりだったのに隣に入ってったっていうから心臓が止まるかと思いましたよ」 隣に入って行ったって…それは朝飯と昼飯を一緒に食おうとしてた時の話だ。まだ正午にもなっていなかった。確実にこの男は任務に出ていたはずだ。 「アンタ、それどこで」 ずっと家の前にいたってことはありえない。そんな気配がしたら気付く。そもそもこの人は意外と気配が五月蝿いんだ。いや、気配は殺せるが存在感というかだな。 この人が側にいれば気付かないってことは多分ない。 「ま、それはどうでもいいでしょ?それより女にも優良物件だし、男からも狙われやすいんだから気をつけてくださいね?」 「それはアンタの方でしょうが…。それにどうでもよくねぇ。アンタなにしてんですか」 忍犬か、それとも監視依頼でもだしてたのか?流石にそれはやりすぎだろう。おふざけにしても徹底しすぎている。 「それはないです。訳アリ物件ですしね。なにより俺はアンタ以外欲しくない」 心臓が止まるかと思った。なに言ってんだコイツは! 「わーまっかー」 「う、うるさい!…アンタどうしてそうこっ恥ずかしい事を軽々しく…!」 「や、だって大事でしょ?イルカ先生は形とかそういうのにこだわるし、俺とのコトだってなかったことにしようとする薄情者だし、隣の女なんかに構われちゃって家に上がりこんでるし」 ぶーぶー文句を言うときに頬を膨らませるのを知ったのは、そういえば随分前だった。素直な感情表現に、この人はちゃんと上忍でやっていけるんだろうかなんて余計な心配をした覚えがある。 それがそもそも間違ってたんだ。この人はこの性格でも上忍をやっていけるだけの実力があるってだけで、こんな傍若無人なイキモノに心配なんて一切要らなかったに違いない。 勝手に俺が超えられないと諦めていた壁をぶち壊して、承諾も得ないうちから手に入れたと主張する。 なんてヤツだ。…なんでこんなやつを好きになっちまったんだ。 「…家電が壊れたから助けてくれって言われたんですよ。まあそれは建前でしたが」 「ほらやっぱり」 「…あんた紹介してくれって騒がれましたよ。料理は得意で、ドジっこだからしっかりした人がいいんだそうで」 「ふぅん?そんな下らない理由でアンタを?殺してこようか?」 「クナイしまいなさい。物騒なことしない!」 「はーい」 素直にクナイはしまったようだが…。まだ殺気が治まっていない。 そういやしれっとした顔してるから忘れていたが、なんだかんだと任務帰りだったんだってことを思い出した。 血を流すような戦いの後じゃ、落ち着かないのかもしれない。 急にしょうがねぇなと思い始めてきたから、圧し掛かったままの男の頭を撫でてやった。落ち着かせる方法は古今東西、撫でて宥めるって決まってるからな。 「…あのーそういうことされちゃうとですね」 「なんですか。眠いなら寝ちまっていいですよ?」 興奮してるからだ。全部、きっとそうだ。そうじゃなきゃ夢だ。元々変わった人だが、こんなネジのとっぱずれたような行動をするのは流石におかしい。 そう思いたかったのもあって、さっさと寝るように唆したつもりだった。 「むしろ嫌って言っても無視して朝までコースなんですが」 「…本気ですか?」 「本気ですって。本気じゃなきゃこうはならないでしょ?」 視線が下に下りて、釣られて俺もそこを見た。 ベストを脱いでいたのは気付いていたが、どうやらいつの間にか前もくつろげていたらしい。さらけ出された股間には、それはもう元気ですねといいたくなるようなご立派な…。 「なっえ!わぁ!でかくしてんですか!」 隠す物を探して視線をうろつかせて、だがシーツは俺が乗っているから動かせないし、慌てている間に上を脱がされて、ちょうどいいからそれを使おうと思ったら、今度は下も脱がされてしまった。 「や、もう我慢する気はないんですがね。実は」 殺気染みた笑顔なんてものを見る機会は、一生に一度でいい。特にこの男に関しては。 迫力に押されて固まっている間に勝負はついていた。 ベッドサイドにいつの間にか見覚えのない小瓶が並んでいて、シーツが汚れるのも無視してぶちまけられた液体に苦情を言う暇もない。 足を広げられながら、手が早いってこういう事を言うんだなと妙に感心した。 拒めない。拒めるわけがない。…欲しかったのは俺の方なんだから。 結局、笑顔のまま人を蹂躙した男は、ご機嫌な顔で今も同じ寝床に収まっている。 朝までってのは泣いて勘弁して貰ったけど、その泣いた瞬間にもう一発が確定したらしい。もうほぼ夜明けであることを考えると、あの懇願に意味があったのかどうか疑問がのこる。泣き顔がそそるとかどうとか…こっちがそんな言葉を拾っている余裕がなかったから覚えちゃいないが。いっそコイツの愛読書は全て処分してしまいたい。あんなもん読んでるから、こういう事をしでかすんだ。 「アンタホントなんてことすんですか…」 「愛の営みです。もーでないって位したいですね。ホントは」 まだ熱の残る体は刺激に敏感だ。ちょっと触れられただけでも声が出そうになる。にやにやしながら触ってくる手を容赦なく振り払った。 「うぅ…イテェ」 「うん。掃除も洗濯もしちゃうし、いっぱいするんで早くなれてね?」 「なれるか…!」 「あ、あとちょっかい掛けてくるヤツがいたら、今後は大っぴらに排除しますんで。ま、それつけててちょっかい掛けるような馬鹿はいないと思いますけどねぇ…?」 途端に殺気を滲ませ始めた気配にとっさに身構えた。ああくそ、ちょっと動くだけで腰が痛い。もちろんケツもだ。一度目のときも痛みに往生したが、二度目は痛みだけじゃなくて燻る熱にも悩まされている。 こっちはそれだけでもういっぱいいっぱいだってのに、不穏な気配はそれこそ隣にいても感じ取れるだろう。 「っおちつけ!…水が飲みたいです。アンタも任務帰りに無茶するんじゃない!」 「はーい」 返事だけは素直だ。 機嫌よく笑いながら、不埒な手の代わりに、今度は唇が悪戯に触れてくる。 「だー!水だ!水!」 「うん。あーどうしよ。離れたくない」 「…アホですか。どこにもいけませんよ。アンタのおかげで腰が立たねぇ」 「そうね!そうだった!嬉しい」 こっちは散々な目にあって痛いわ苦しいわでへたり込んでるってのにこいつは…! 一瞬頭が沸騰しかけたが、ふわふわした顔のままコップに水を汲んできたから許してやることにした。その素早さときたら…家の中でそんなにあせることもないだろうに。 速攻戻ってきて、それからは…予想通り口移しで水を寄越された。 やるかと思ったらやっぱりやりやがった。 「…アンタかわいそうですね…」 「そ?幸せですよ?」 まあそうだな。そうだろうな。 …落ち込んだのは一瞬で、あまりに幸せそうな顔で笑うから。俺も諦めた。 「アンタが、好きだ」 そろいの指輪を嵌めた手を重ね合わせて、小声で言うのが精一杯だった。 それから、決死の告白に知ってましたよと答えた男がそれからなにをしでかしたかなんてのは、いうまでもないだろう。 まずは、隣の女性には出会い頭に不潔だなんだと喚かれてひっぱたかれそうになったが、その前に俺のに触んないでなんて言って動けなくなるまで殺気をぶつけやがった。 受付ではよく手土産くれる上忍に殺気を飛ばし、ついでに睨む。帰宅途中に襲撃かけてきた連中は全員丸刈りの後、全裸で腹にへのへのもへじを書き込んで、往来に放置した。 最終的には、この一式をやらかした上忍の監督責任を、火影様にまで問い詰められる始末。 どうして俺がと思ったら、あの野郎正式書類まで勝手に出してやがった…! しれっとした顔で、指輪つけてもらっちゃったから合意ですと主張したらしい。 火影様も頭を抱えた俺に「がんばれよ」と言った切り、助けてもくれなかった。 日々甘え倒す男に、生活が侵食されていく。生暖かい視線や怯えた視線に、窒息しそうになるのに、男を手に入れてしまったからだと思うとどうでもいいことに思えてくるのが恐ろしい。 今日も今日とて、しれっとした顔で飯を食い、引っ付いてくる男をあやしていたはずが、いつの間にやらベッドに押し倒されてしまった。 なにもかもがコイツの思い通りにされている気がする。腹が立つというよりこうなったらやりかえしたい。 「アンタの誕生日には覚えてろよ…?」 暗にやり返すことを宣言してやったのに、男の方は余裕たっぷりだ。 「ふふ。望むところです」 吠え面かかせるにはどうしてやろうかなんて考えも、湧き上がる熱に飲まれて溶けて夢中になって。 「好きってことばだけでもう一杯だから、もうなにもいらない」 …泣きそうな顔でそう呟いた男には、気付かないフリをしてやることにした。 ********************************************************************************* Σ(*´こ`)てんてー!おたんじょうびおめでとうございます*。(*´Д`)。*° |